キケに会いにバルセロナへ 

今シーズンのキケ
前の記事がなんと、キケがワトフォードの監督になった時とは!
ブログをアップしなくなって随分たつのですなぁ。

今シーズン? もう昨日CL決勝が終わったから昨シーズン? よくわからないけど、
2016-2017シーズン、キケはエスパニョールの監督をやってました。
3年契約なので、来シーズンもこのバルセロナのチームを率います。

16-17シーズンの成績は8位。
ここ20年だか30年だかで3番目に良い成績だったそうで、勝ち点56は、普通のシーズンなら来シーズン、ヨーロッパリーグに参戦できるぐらいのものだったらしいです。
さらに、チームが強ければファンも試合が見たくなる。
チケット売り上げ、ソシオの数も増えてチームは万々歳。
キケはエスパニョールのファンからも、クラブからも感謝されています。
これは私もとてもうれしい。

Ciudad Deportiva Dani Jarque
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と、いうことで、会ってきました、キケさんに。
5月13日土曜日、コルネジャで行われたエスパニョール×バレンシアを観戦しにスペインへ行ってきました。
もちろん、私がスタジアムだけで満足するわけはなく。
前日、マドリッドを朝8時半にたち、11時半にバルセロナ到着。そしてエスパニョールの練習場、 Ciudad Deportivo Dani Jarqueへ直行。
20分ぐらい待っただけで、ちょうど練習を終え、試合前日の会見に向かうキケさんに会うことができました。
以前彼がアトレティコの監督をやっていた時に一緒にとっていただいた写真を持参していたので、それにサインをいただきました。
会見後、出てきたキケさんをさらに直撃。また一緒に写真をとっていただきました。

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今回、出待ちしていたファンは子連れのパパさん、ファン歴長そうなおじさまの二人だけ。
このおじさまに、
「日本からきたんです、キケに会いに。さっきサインはもらったんだけど、やっぱり写真も一緒に撮りたいので、お願いしたいんですけど。」
というと、快くカメラマンを引き受けてくださいました。
もちろん、キケさんも
「彼女は僕がアトレティコの頃からのファンだからね。」
と、サインをもらった写真からそんなことをおっしゃってくれました。

でも、私は心の中で、叫んでましたよ、
「いや、キケさん、実は私はあなたがヘタフェの頃に見初め、バレンシアでのめり込み、ベンフィカ、アトレティコ、ワトフォードとずっと追いかけていたのですよ。
中東にいらっしゃった時は追いかけられなくて、もうイライラしていたのです。」と。
でも、周りを記者が囲み、彼らが今か今かと待っている中で、まだまだスペイン女性のようにまくしたてることができず、さらに緊張もあって、言葉が出てきませんでした。
ああ、まだまだ勉強が足りない、、、これからも精進いたします。

ペリコも優しかったけど
この時も、そして前のアトレティコの時も、ファンも警備員さんも、みんなとても優しかった!
ちょっと、ペリコになってもいいかな、と思うぐらいでした。
でも結局、次の日の試合、エスパニョール×バレンシアの試合で、私はペリコを心の底から応援できず、自分の中にいまだにバレンシアニスタの血が流れているのだな、と感じました。
試合はガヤのゴールで0-1。バレンシアの勝ち。
なんだかなぁ。。。と思いながら、18時すぎ、まだまだ真っ青なバルセロナの空を見ながら帰路についたのでした。

キケさん、来シーズンも会いに行きますよ、きっと!
 

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【Quique】Quique firma dos años por el Watford 

キケ、イングランドに渡る



2年契約でノースロンドンにある、ワトフォードの監督に就任しました。
ワトフォードは、ウディネーゼ、グラナダなどと同じPozzoグループ。
選手の行き来もあるのかもしれません。でも昇格組ですから、まず目標は残留、ということかな。
ロンドンかぁ。被るなぁ、娘のチームと。まぁむこうは優勝が目的のチームで、同じロンドンでも「ダービー」なんて呼ぶのはおこがましいですけど。

そうそう、アトレティコのときに彼が最も信頼していたフラードを呼び寄せました。
開幕して2試合、そのフラードの活躍もあってワトフォードは2試合2引き分け。
まあまあの滑り出しといえるのではないでしょうか。

今シーズン、奇しくも元バレンシア監督3人が揃ったプレミアリーグ。
ラニエリのレスターには岡崎、クーマンのサウザンプトンには吉田がいます。
だれか日本人選手、ワトフォードに行ってくれないかなぁ。そしたらJスポーツで放送してくれるかもしれないのに!

【Albelda】Qué es de... David Albelda 

なぜかSefutbol(Medio Oficial de la Selección Española de Fútbol)にダビの記事がのりました。
たまたま本日仕事をお休みしていて時間があったので訳してみました。

記事はこちらからQué es de... David Albelda




ダビ・アルベルダ・アリケス(1977年生まれ、バレンシア ポブラ ジャルガ出身)は
代表歴 55回(2001〜2008)の元スペイン代表選手である。
今回我々は彼にインタビューを行った。「ダビ アルベルダとは?」

アルベルダは、2000年のシドニーオリンピックにイニャキ・サエス率いるスペイン代表として参加した。この大会でスペイン代表は銀メダルを獲得した。カメルーン相手の決勝戦の行方はペナルティーキックに持ち込まれた。アルベルダはゴールを決めたが、優勝はカメルーンが手にすることになった。

その翌年、2001年9月5日のリヒテンシュタイン戦にホセ・アントニオ・カマーチョ監督によりはじめてスペイン代表に招集された。
「代表選手になることは最高だ。どんな選手にとってもそれは夢が叶う、ということだ。さらに素晴らしい思い出が残る。様々な国への旅や、合宿や大会前のキャンプのちょっとしたことだ。」

2002年の日韓ワールドカップに参加した後、2004年のポルトガルユーロにも彼をよく知るイニャキ・サエスによって招集された。「僕はカマーチョ、サエス、それに偉大なルイスによってチャンスを与えられた。ルイスは僕たちをチャンピオンにしてくれた。彼のプロジェクトが実を結ぶよう、みんなが十分な信頼を示してくれたからだ。」

アルベルダはルイス・アラゴネスにとって鍵になる選手でありつづけ、ドイツワールドカップにも招集された。彼の最後の招集は2008年ユーロの予選だった。「僕は代表が大きな成功をつかむときにその場にいる幸運を手にすることはできなかった。なぜなら、2008年の2月を最後に招集されなくなったからね。でもイニエスタ、セルヒオ・ラモス、チャビ、イケル・カシージャスと一緒に過ごす機会を得た。素晴らしい成績をあげた偉大な世代だよ。」

2013年に引退してから2年、アルベルダはプロスポーツ選手として勉強を続けている。監督の資格と、ディレクターの資格取得のための準備を進めているのだ。さらにラジオ番組にアナリストとして出演し、試合の解説をしている。「教育を受けることはとても大切なことだ。将来その機会があるかはわからないが。解説することに関しては、ようやく自分自身の経験から話せるようになったよ。」





ダビが2008年のユーロに招集されなかったのは、バレンシアというクラブがバカだかったからです。当時のソレール会長と監督のクーマンがダビ、カニサレス、アングロのベテラン3選手をいきなり戦力外にし、他の選手たちと練習さえさせてもらえなかった。
それでもルイスは2月のフランスとの親善試合に招集してくれ、出場機会を与えてくれました。
ユーロの本大会のときは常に彼の味方だったCadenaSerで解説をしていました。もちろん決勝戦も。彼の代わりに賞賛を浴びたセナの活躍を見ながら、、、
あの大会のスペイン代表の形はアルベルダがいたからこそできた形でした。
ルイスはアルベルダに関してこう発言しています。
「戦術的に完璧な選手」
メダルをかけることも、カップを掲げることもできなかったダビにとって、これが最高の賛辞でした。

来シーズンは無理かもしれませんが、近い将来ピッチの上で彼の姿が見れそうですね。
そしたら彼に会いに行こう。選手時代に一緒にとった写真をもって。