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【Albelda】Qué es de... David Albelda 

なぜかSefutbol(Medio Oficial de la Selección Española de Fútbol)にダビの記事がのりました。
たまたま本日仕事をお休みしていて時間があったので訳してみました。

記事はこちらからQué es de... David Albelda




ダビ・アルベルダ・アリケス(1977年生まれ、バレンシア ポブラ ジャルガ出身)は
代表歴 55回(2001〜2008)の元スペイン代表選手である。
今回我々は彼にインタビューを行った。「ダビ アルベルダとは?」

アルベルダは、2000年のシドニーオリンピックにイニャキ・サエス率いるスペイン代表として参加した。この大会でスペイン代表は銀メダルを獲得した。カメルーン相手の決勝戦の行方はペナルティーキックに持ち込まれた。アルベルダはゴールを決めたが、優勝はカメルーンが手にすることになった。

その翌年、2001年9月5日のリヒテンシュタイン戦にホセ・アントニオ・カマーチョ監督によりはじめてスペイン代表に招集された。
「代表選手になることは最高だ。どんな選手にとってもそれは夢が叶う、ということだ。さらに素晴らしい思い出が残る。様々な国への旅や、合宿や大会前のキャンプのちょっとしたことだ。」

2002年の日韓ワールドカップに参加した後、2004年のポルトガルユーロにも彼をよく知るイニャキ・サエスによって招集された。「僕はカマーチョ、サエス、それに偉大なルイスによってチャンスを与えられた。ルイスは僕たちをチャンピオンにしてくれた。彼のプロジェクトが実を結ぶよう、みんなが十分な信頼を示してくれたからだ。」

アルベルダはルイス・アラゴネスにとって鍵になる選手でありつづけ、ドイツワールドカップにも招集された。彼の最後の招集は2008年ユーロの予選だった。「僕は代表が大きな成功をつかむときにその場にいる幸運を手にすることはできなかった。なぜなら、2008年の2月を最後に招集されなくなったからね。でもイニエスタ、セルヒオ・ラモス、チャビ、イケル・カシージャスと一緒に過ごす機会を得た。素晴らしい成績をあげた偉大な世代だよ。」

2013年に引退してから2年、アルベルダはプロスポーツ選手として勉強を続けている。監督の資格と、ディレクターの資格取得のための準備を進めているのだ。さらにラジオ番組にアナリストとして出演し、試合の解説をしている。「教育を受けることはとても大切なことだ。将来その機会があるかはわからないが。解説することに関しては、ようやく自分自身の経験から話せるようになったよ。」





ダビが2008年のユーロに招集されなかったのは、バレンシアというクラブがバカだかったからです。当時のソレール会長と監督のクーマンがダビ、カニサレス、アングロのベテラン3選手をいきなり戦力外にし、他の選手たちと練習さえさせてもらえなかった。
それでもルイスは2月のフランスとの親善試合に招集してくれ、出場機会を与えてくれました。
ユーロの本大会のときは常に彼の味方だったCadenaSerで解説をしていました。もちろん決勝戦も。彼の代わりに賞賛を浴びたセナの活躍を見ながら、、、
あの大会のスペイン代表の形はアルベルダがいたからこそできた形でした。
ルイスはアルベルダに関してこう発言しています。
「戦術的に完璧な選手」
メダルをかけることも、カップを掲げることもできなかったダビにとって、これが最高の賛辞でした。

来シーズンは無理かもしれませんが、近い将来ピッチの上で彼の姿が見れそうですね。
そしたら彼に会いに行こう。選手時代に一緒にとった写真をもって。

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Feliz cumpleaños! 

ダビ、お誕生日おめでとう。


時々記事でみかけるダビは現役時代とあまり変わっていません。
いつでもプレーできそうな雰囲気。
でも、もう無理なのはわかっているけど。

今朝、ラジオでダビの解説をききました。
今シーズンで2年目。
かなり慣れてきたかな。
でもいつまでも解説をやって欲しくはないのです。
はやく別の形で活躍するダビを見たい。

バレンシアは移籍市場であまりうまく立ち回れていません。
せっかくクラブの新しいオーナーがお金を出してくれそうだというのに。
多分それは今シーズン、ヨーロッパの舞台の戦いがないから、とおもいますが、もう1つ原因があるような気がするのです。
それはSDの力不足。
ルフェテはよくやっているとは思います。
でも、ヨーロッパのサッカー界での力が足りないのではないかと思うのです。

もしダビなら、、、
まぁ、これは彼のファンの私だから考えることなのかも知れませんけど。
でも今となってはこれが私のダビにかける唯一の夢です。

バレンシアにSDとして戻って欲しい。
そしてクラブのために力をふるって欲しい。
一日も早くその夢が実現しますように。

David, le felicito por tu cumpleaños. 

9月1日はダビの36回目のお誕生日でした。
ダビ、お誕生日おめでとう!

ダビはお友達と誕生日のお祝いをしたようです。
ツイッターに写真がアップされていました。

今年はもうケーキを食べてもお酒を飲んでもよいものね。



ダビの誕生日にバレンシアはバルセロナとメスタージャで戦いました。
結果は1-3の負け。

私は、生放送ではみませんでした。
試合開始が4時ということもあったのでベッドの中でラジオを聞いていました。
もちろんラジオはダビの解説が聞けるCOPE。

「この試合にノスタルジーを感じる?」
なんて質問されていたダビ。
私の方がノスタルジー感じてました。

ここ数年、バルサ戦といえばダビがその真価を発揮していたような気がします。
だからこの試合を見ると彼がいないことを痛切に感じるだろうと思っていました。

そしてやっぱり、ダイジェストでメッシの3つのゴールをみて
ダビがいたらなぁ…と思ってしまいました。


ダビも解説をしながらチームを外から見ると、今まで見えなかったものが見えるようになるでしょう。
そして
「現場に戻りたい」
と感じるかも。
でももうしばらく、解説を続けてください。
だってまだダビの解説が早くて何言っているか良くわからないから!

more...

David Albelda ficha por la cadena COPE 

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ダビが解説者になりました!

すでに先週水曜日に行われたスペインスーパーカップ、アトレティコ×バルセロナで解説者としてデビューも済ませています。


COPEの契約発表記事:



アルベルダは私たちのサッカー界にあって、もっともカリスマ性を持った選手である。
彼のそのキャリア、バレンシアでの15年にわたる481試合、でリーガ制覇2回、国王杯1回、スペインスーパーカップ1回、ヨーロッパスーパーカップ1回、UEFAカップ1回を成し遂げた。


さらにスペイン代表歴は51キャップ。
2回のワールドカップ出場、1回のユーロ出場もしている。
アルベルダはCOPEで試合などの分析をしている元サッカー選手のグループに入る。
(このグループにはマノロ・サンチス、アベラルド・フェルナンデス、フェルナンド・モリエンテス、アンドニ・セドルン、ダニ・ルイス・バサン、ペペ・プリエト、セサル・サンチェス、イポリト・リンコン、フェルナンド・サンス、ホセ・マリ・バケーロがいる)



COPEの実況放送はいつも数人のコメンテーターがわーわーやっているので
どこでダビがしゃべるのか予測不能。

まだ慣れていないダビのために、パコ・ゴンザレスが「アルベルダはどう考える?」などと
時々ダビに発言の機会を与えてくれてました。
たしかモーロも最初の頃はなかなかうまくしゃべれなかったけど、今ではとっても上手。
ダビもしばらくすればうまくなるかな。

でもファンとしてはダビがそこにいる、ということがはっきりしているので安心。
「どこで何しているんだろう」っていう状態になるのが一番嫌だったですから。


もしかして昨日のエスパニョール戦も解説していたのかな。
(私は生放送では聞けませんでした)
もし解説していたら、リカルドコスタの不用意なイエローカードにおいかりだったのではないかしら。
いやそれ以上にふがいない守備にイラついていたかも。
ダビ、念のためトレーニングしておいていただけないですかね。
いつでも復帰できるように。

Albelda cuelga las botas 

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アルベルダが引退を決意しました。



アメリカもカタールも、ダビにとっては魅力的はなかったそうです。
オファーがあったにもかかわらず行かないという決断をしたのは
家族のこともあったようです。

正直言って私は行ってほしかったです。
どこでもいいから必要としてくれているところにいってプレーしてほしかったです。
だって昨シーズンを見る限りまだまだできると思っていたから。

彼の経験値を活かせるクラブはきっとあったはずです。
本当に残念。悔しい。悲しい。


それに、彼の記者会見をもうきけないと思うとそれも寂しいです。
歯に衣着せぬ物言いは聞いていて(いや、訳していて)爽快だったから。

今度はそれをテレビ?ラジオ?で披露するのだそうです。
そう、解説者をやるみたいです。
それはそれで面白そうですけどね。きっと歯切れのよい解説だろうなぁ。


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Las Provinciasの記事をかなりいい加減ですが訳しておきます。


月日が経つとともにバレンシアの歴史上もっとも偉大な伝説の一つとして記憶されるだろうアルベルダは昨日、現役を引退することを決意した。
彼にとって魅力的なオファーが来なかったからだ。
すでに6月30日でバレンシアとの契約は終了していた。
さらにクラブはその20日前に既にアルベルダと次のシーズンの契約を結ばないことを発表していた。


最初、アルベルダは現役を続行しようと考えていた。
しかしすでに今週の火曜日には引退を否定しなかった。
彼にはカタールやアメリカのクラブからのオファーはあったが、それらのオファーは彼にとってスポーツ面であまり魅力的ではなかった上に、家族との生活とサッカー選手としての生活の両立を考えても難しいものだった。
彼は常に、スペインではなく海外のクラブを望んでいたためだ。


昨シーズン、レギュラーの座を失っていたにもかかわらず、
ガゴの不調と、バルベルデ監督の信頼により彼はシーズンの重要な場面でチームのカギを握る選手であった。
この状況からもう一シーズン、彼は高いレベルでプレーできると考えていた。


今年の9月1日、アルベルダは36歳になる。
トップレベルの世界での成功に彩られた15年のキャリアにおいて、
彼はメスタージャのクラブのもっとも象徴的なキャプテンになった。
1998年にデビュー。
クラブのもっとも輝かしい時代を築き上げた。
リーガ2回、UEFAカップ1回、国王杯1回、ヨーロッパスーパーカップ1回、スペインスーパーカップ1回。
その経歴はまばゆいばかりだ。
さらにスペイン代表として51回の代表歴も持っている。


常に思い出されるのはピッチの真ん中でルベン・バラハと組んだドブレ・ピボーテである。
このコンビはバレンシアの長い歴史においても忘れられないものである。
バラハは今、下部組織のコーチをやっている。


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マラガでの涙

481試合。
1998年3月15日、サラゴサでデビューして以来、ビジャレアルにレンタルされていた98-99シーズンを除いてアルベルダが彼のキャリアすべてを過ごしたバレンシアというクラブの選手として闘った試合数である。

マドリガルから戻り、2001年に1回目のリーガ制覇を成し遂げた。
ロサレダでの涙の後、ベニテスの時代のアイドルになった。
その時以来、誰もメンディエタの背番号6を彼が引き継ぐことに異論を唱えなかった。

アルベルダはアングロ、カニサレスとともに、ソレール会長とクーマンの決断によって戦力外とされた数か月のような最悪の時も過ごした。それは最終的には裁判にまで至った。
この状況は2008年の国王杯優勝時にカップを掲げること、スペインが優勝したユーロで戦うことを彼から奪った。


アルベルダのカリスマ性、リーダーシップはいつも議論の余地のないものだった。
ペジェグリーノが去ったときやマヌエル・ジョレンテが解任された時のような微妙な状況において
彼が示していたロッカールーム内での影響力は根本的に変わる。
アルベルダの退団、ソルダードの移籍。
それらはジュキッチのチームに大きな穴を作った。
しかしバネガやリカルド・コスタのような選手がその役目を果たさなければならない。
階級の入れ替えは難しいだろう。
またロッカールームの中だけではなく相手の選手たちにまでアルベルダが抱かせていた尊敬を勝ち取ることはさらに難しいだろう。


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