Albelda cuelga las botas 

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アルベルダが引退を決意しました。



アメリカもカタールも、ダビにとっては魅力的はなかったそうです。
オファーがあったにもかかわらず行かないという決断をしたのは
家族のこともあったようです。

正直言って私は行ってほしかったです。
どこでもいいから必要としてくれているところにいってプレーしてほしかったです。
だって昨シーズンを見る限りまだまだできると思っていたから。

彼の経験値を活かせるクラブはきっとあったはずです。
本当に残念。悔しい。悲しい。


それに、彼の記者会見をもうきけないと思うとそれも寂しいです。
歯に衣着せぬ物言いは聞いていて(いや、訳していて)爽快だったから。

今度はそれをテレビ?ラジオ?で披露するのだそうです。
そう、解説者をやるみたいです。
それはそれで面白そうですけどね。きっと歯切れのよい解説だろうなぁ。


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Las Provinciasの記事をかなりいい加減ですが訳しておきます。


月日が経つとともにバレンシアの歴史上もっとも偉大な伝説の一つとして記憶されるだろうアルベルダは昨日、現役を引退することを決意した。
彼にとって魅力的なオファーが来なかったからだ。
すでに6月30日でバレンシアとの契約は終了していた。
さらにクラブはその20日前に既にアルベルダと次のシーズンの契約を結ばないことを発表していた。


最初、アルベルダは現役を続行しようと考えていた。
しかしすでに今週の火曜日には引退を否定しなかった。
彼にはカタールやアメリカのクラブからのオファーはあったが、それらのオファーは彼にとってスポーツ面であまり魅力的ではなかった上に、家族との生活とサッカー選手としての生活の両立を考えても難しいものだった。
彼は常に、スペインではなく海外のクラブを望んでいたためだ。


昨シーズン、レギュラーの座を失っていたにもかかわらず、
ガゴの不調と、バルベルデ監督の信頼により彼はシーズンの重要な場面でチームのカギを握る選手であった。
この状況からもう一シーズン、彼は高いレベルでプレーできると考えていた。


今年の9月1日、アルベルダは36歳になる。
トップレベルの世界での成功に彩られた15年のキャリアにおいて、
彼はメスタージャのクラブのもっとも象徴的なキャプテンになった。
1998年にデビュー。
クラブのもっとも輝かしい時代を築き上げた。
リーガ2回、UEFAカップ1回、国王杯1回、ヨーロッパスーパーカップ1回、スペインスーパーカップ1回。
その経歴はまばゆいばかりだ。
さらにスペイン代表として51回の代表歴も持っている。


常に思い出されるのはピッチの真ん中でルベン・バラハと組んだドブレ・ピボーテである。
このコンビはバレンシアの長い歴史においても忘れられないものである。
バラハは今、下部組織のコーチをやっている。


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マラガでの涙

481試合。
1998年3月15日、サラゴサでデビューして以来、ビジャレアルにレンタルされていた98-99シーズンを除いてアルベルダが彼のキャリアすべてを過ごしたバレンシアというクラブの選手として闘った試合数である。

マドリガルから戻り、2001年に1回目のリーガ制覇を成し遂げた。
ロサレダでの涙の後、ベニテスの時代のアイドルになった。
その時以来、誰もメンディエタの背番号6を彼が引き継ぐことに異論を唱えなかった。

アルベルダはアングロ、カニサレスとともに、ソレール会長とクーマンの決断によって戦力外とされた数か月のような最悪の時も過ごした。それは最終的には裁判にまで至った。
この状況は2008年の国王杯優勝時にカップを掲げること、スペインが優勝したユーロで戦うことを彼から奪った。


アルベルダのカリスマ性、リーダーシップはいつも議論の余地のないものだった。
ペジェグリーノが去ったときやマヌエル・ジョレンテが解任された時のような微妙な状況において
彼が示していたロッカールーム内での影響力は根本的に変わる。
アルベルダの退団、ソルダードの移籍。
それらはジュキッチのチームに大きな穴を作った。
しかしバネガやリカルド・コスタのような選手がその役目を果たさなければならない。
階級の入れ替えは難しいだろう。
またロッカールームの中だけではなく相手の選手たちにまでアルベルダが抱かせていた尊敬を勝ち取ることはさらに難しいだろう。


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Comments

とうとう引退しちゃうんですね…

バレンシアを支え続けてきた最後の一人が引退してしまうのは、見続けてきた側にとっては、胸に穴が空いたような、そんな喪失感で一杯になります。

自己犠牲を厭わない献身あるプレーに、強烈なリーダーシップ、時たま熱くなりすぎて、カードを貰ってしまうほど主審に詰め寄るあの危うさ…

アイマール時代、ビジャ、シルバの時代、マタ、パブロ、そしてソルダードやバネガ、カナレス君のここ数年と、すべての流れにも、ダビが中心にいました。

個人的にはホアキン、ビセンテ、バラハ、アングロさん、アルビオルに、あの危なっかしい男マルチェナさん(笑)がいた時代が好きでした。これだけの個性の塊相手に、強烈なリーダーシップを発揮していたダビは素晴らしいし、何よりキケが率いていた時代でしたからね。

今後は解説業で頑張っていくようですが、個人的にはあの熱い闘志を、監督業に向けて欲しいなぁと感じています。

そしていずれはバレンシアの監督に…なんて青写真を描きながら、いずれそうなると信じてこれからもダビを見続けたいと思っています!

  • [2013/08/09 18:02]
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  • ブーっ子
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ブーっ子 さん


すてきなコメント、ありがとうございました。

> アイマール時代、ビジャ、シルバの時代、マタ、パブロ、そしてソルダードやバネガ、カナレス君のここ数年と、すべての流れにも、ダビが中心にいました。

本当にそうです。
いつも彼はそこにいたんですよね。多分選手たちもいなくなってみて改めて彼の存在の大きさを感じているのではないでしょうか。
キケの時代のチーム、よかったですね。私もやっぱりあのチームが一番好きかなぁ。
ビージャやシルバ、ホアキン、アングロさん、アジャラさん、カニサレス、モレッティ、アルビオル、ミゲル、モーロ、そしてダビ。いい選手一杯でしたね。あ、マルチェナさんももちろん!


> 今後は解説業で頑張っていくようですが、個人的にはあの熱い闘志を、監督業に向けて欲しいなぁと感じています。
>
> そしていずれはバレンシアの監督に…なんて青写真を描きながら、いずれそうなると信じてこれからもダビを見続けたいと思っています!

ダビはこの後現場に戻るかどうかはまだ決めかねているみたいです。
ピッチで彼を指導者として見たいと思う反面、どうもいまだにキケのことがトラウマとなっていて、バレンシアの監督をダビにやってほしいとなかなか思えないのです。
スポーツディレクターとして理想のチームを作る、というのも良いかもしれませんよね。

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